− 山 口 三 智 詩集より −



こども   とととについて         プロフィール





梅雨明けの 夕暮れのなかに
一頭の馬が疾走している
鉛色に光る 播磨路を北海に向って
白い脚首のうえに
黒い筋肉が怒濤になってはためいている
馬の目にきらめく 北海のふかい青さ

  馬は煤煙に包まれた
  工場街の廃液を呑んでいた。

夕映えの中に
たて髪と尻尾が風景を粉砕する
しずかな山懐に
猛宗の藪が
緑青色の焔をあげる
合歓の巨木や
民家の点在が
馬の背を流れていく

  馬は排気ガスの街路に
  溶けた首を支えていた。

中国山脈の山麓を駆ける
枝をひろげた楓の波をくぐり抜ける駿馬
岩かげに咲いた
山百合や
りんどうの花が
馬の瞳に溢れている
空と渓谷と
木立の高原に夕闇がふりそそぐ

  倒産した人間の蒼い腕と
  馬の背に夜が冷たく光っている。

泉の音をきく
望郷の地を蹴って
樹木のあいだに拡がる田園
暮色の底に沈む 山陰の森へ抜ける
ねじれた防風林の
幹木のあいだを疾走する

視界がひらけた
空と海が合流しながらまわる
北海に突き出した絶壁のうえに
脚を踏まえた馬
さいごの落日が
ふかい鉄色の海にこぼれている
噴きあげる潮風に
総身を濡らしている駿馬

  還元された形象

濃霧の這いよる 北海の風景のなかに
漆黒の馬が立っている。


「詩集 錆びた時 山口三智」 アカネ会 17〜19ページ



このページのトップに戻る


Copyright © MICHI GARDEN Since 2011. All Rights Reserved.